人のセックスを笑う ― 『愛の渦』
高級マンションの一室に設けられた秘密クラブ、ガンダーラ。そこで開催される乱交パーティーに、ニート(池松壮亮)、フリーター(新井浩文)、サラリーマン(滝藤賢一)、女子大生(門脇麦)、保育士(中村映里子)、OL(三津谷葉子)、ピアスだらけの女(赤澤セリ)たちが参加する。セックスしたいという共通の欲望と目的を抱えている彼らだったが、体を重ねるのに抵抗を感じる相手も浮上してくる。さまざまな駆け引きが展開する中、ニートは女子大生に特別な感情を抱くようになっていく。
(シネマトゥデイより)
THEATER/TOPS
2005年4月というのだから、9年前。ポツドールを観るのは初めてだった。
既にセミドキュメント*1はやめていたものの、現代口語演劇といういわゆる“リアル指向の演劇”という括りにおいて、注目もされていた*2。
乱交パーティーの会場という一場を切り取った大胆さ、裸の人間を舞台に乗せるという過激さ、裸になっても裸になりきれぬ人間の滑稽さ、次第に欲求やら本音やら開けっ広げに曝露させていく作家/演出家の趣味の悪さ、そしてそれを笑う客席の趣味の悪さ。どろりとした粘度の高そうな何かで劇場は充満していて、客席はどっぷり浸かっていた。
あれから9年経つけれども、場面場面を今でもよく思い出せるし、本当に悪い悪い空気を堪能したんだなあと思う。
横浜ニューテアトル
イセザキモールにある場末の映画館に入るのは初めてだった。
「ニュー」とつく施設は、往々にして昭和の香りがする。その入口をくぐる時、入ったこともないポルノ映画館(そう『ノルウェイの森』に出てくるような)を想起させた。客席の数は、ちょうどTHEATER/TOPSと同じくらい。設備は古く、空調がごんごんなっていて、それはそれで、この作品に合っているような気がした。
舞台で表されたそのものが、まるっと映像に詰め込まれていた。大筋の脚本はほとんどそのままだろう。
裸の役者たちも達者すぎて面白い。別の作品で役者を知れば知るほど、この人が裸になれば的な趣味の悪い楽しみができると思う。『半沢直樹』の近藤(滝藤賢一の出世役)とか裏ではこういうことやってそうじゃない?とか、東京ガスでバレエ踊ってたあの子(門脇麦)の騎乗位が激しい!とか。
着衣時間18分を謳うだけの楽しみはしっかりあると思う。特に「女優名+画像」検索しにくる諸氏は、ぜひ観に行っていただきたい。たぶん、あなたにとっての嘘はないから。
ストーリーや出来事をある程度知っているからかもしれないが、カメラが見せる画がときどき自分の観たいものと乖離しているようなところがあったように思う。それを舞台との相違と片付ける前に、少しだけ考えてみる。
ニートから女子大生への感情というのがカメラではあまりに近い感じがしたし、女子大生からニートへの目線があまりに雄弁すぎたように思う。それで、視点/思考が固定されてしまったのが、残念だった。
三浦監督もそうなりすぎぬよう群像劇的に作っていたとは思うのだけれど、やはり、カメラを通しての門脇麦の目線は過激なまでに強かった(意味を持ちすぎた)ということなんだろう。まあ、狙いどおりと言えば、狙いどおりなのか…?
あと、三浦大輔作品にドヤ感のあるセリフは似合わないんだなあと、はっきり確信したのだった。映画オリジナルのシーンは嫌いじゃないけれど、それでも、あの台詞は…。
賢者のような朝、じゃなくて21時過ぎのイセザキモール。ガンダーラから、変な感じで世間に放り出されたような気になって、家路を急いだ。
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