オリンピックを見る。

 ソチ・オリンピックが開催されている。

 始まる前は、「今回は(自分の中で)盛り上がらないな」なんて思っていたのに、初めて見るスノーボードスロープスタイル(スピード感あふれるダイナミックなジャンプ!)が意外と面白かったりして、それなりに堪能し始めている自分がいたりする。
 スタジオからのあれやこれやは小うるさいし気恥ずかしいのでせいぜい半目で見ているし、日本贔屓が過ぎる実況は正直興ざめだけれど、ただ単純に人間がスポーツをしている身体を見るのはそれだけで面白いものだなあ、と再認識させられる。知らない種目であると、なおさら身体や動作を見るから……うん面白い。

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 村上春樹氏がときどきスポーツ雑誌「Number」に載っていることがあるけれど、オリンピックに関しても2つのエッセイを発表している。
 ひとつはロサンゼルス・オリンピックの「オリンピックにあまり関係ないオリンピック日記」(『'THE SCRAP'―懐かしの1980年代』所収)、もうひとつはシドニー・オリンピック「世の中にオリンピックくらい退屈なものはない、のか?」(『シドニー!』の元ネタ)である。

 前者のロサンゼルスの話は、東京にいながら、本当にオリンピックに関係ない日記をオリンピック開催期間に書いている。自身も市民ランナーであるため、マラソンだけはテレビ観戦していたけれど。

 後者の『シドニー!』では、そんなオリンピックに興味がない春樹氏がオリンピックを現地でがっつり観戦し、日々の様子を綴っている。
 文庫購入以後、機会あるごとに繰り返し読み返してきて、いつの間にか村上春樹作品の中でも五本指に入るほど好きな作品になっていた。

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 『シドニー!』の白眉は、キャシー・フリーマンの400m走での金メダルシーンだと思う。
 テレビの実況は選手の物語をなんとか叩き込もうと必死に語るが、時にうるさく感じる時さえある。春樹氏の文章は、スタート前の静寂の上を滑り、スタート後の爆発を走りに走り、、ゴール後のキャシーの様子を語る。その語りからは、地元選手(アボリジニーの選手とは言え、だ)の金メダルの直後であるにかかわらず、まるで静寂しか感じられない。そして、徐々に歓喜の音が聞こえてくる。
 まあ、言ってしまえば作家の主観が籠もったシーンではあると思うが、まさに現場を(文章を)体感できる文章として出色だと思う。

 この『シドニー!』は、オリンピック観戦記としてお腹いっぱいになると同時に、オーストラリア旅行記としても満足度が大きい*1。国、街の雰囲気がむっと漂ってきて、2000年のオリンピック期間中のシドニーはこんなんだったんだなあ、とシドニー市民が読んでも面白いんだろうなあ、と思うくらいだ。

 春樹氏の今までの旅行記(というか滞在記)は、ある程度長い期間のものであった。
 しかし、短い日数と言うこともあってテンションの維持がされているが故に、一次的なほかほかの文章(≒作家の眼が捉えたそのもの)が提供されている感じを強く受ける。

 春樹氏が嫌いな人に勧められる春樹作品だと私は推薦したい。

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 さっきはスピードスケートのショートトラック、いまはアルペン女子スーパー複合が行われている。雪煙を上げて急斜面を下っていく身体が……やはり面白い。あと十数日間見つめたいなあと思う。睡眠時間を削らない程度には。

シドニー! コアラ純情篇 (文春文庫)

シドニー! コアラ純情篇 (文春文庫)

シドニー! ワラビー熱血篇 (文春文庫)

シドニー! ワラビー熱血篇 (文春文庫)

*オリンピック観戦記としても旅行記としても間違いなく20世紀最後の傑作です。
懐かしの一九八○年代 ‘THE SCRAP’

懐かしの一九八○年代 ‘THE SCRAP’

*こちらは1980年代の新聞・雑誌記事がいろいろ載っています。

*1:例えば、サッカーのグループ予選のために、シドニーブリスベーンをレンタカーで往復している!