幸せなn次創作のかたち ― 『艦隊これくしょん-艦これ- 陽炎、抜錨します!』

n次創作界の新怪物コンテンツ『艦これ』

 角川ゲームスが初めて送り出したゲーム『艦隊これくしょん―艦これ―』は、第二次世界大戦を中心に活躍、実在した軍艦を「艦娘(かんむす)」として女性人物化し、謎の「深海棲艦」と戦う戦略シミュレーションである。2013年4月の開始以来急激にユーザ数を伸ばし、2013年を代表するゲームへと成長を遂げた。
 コンテンツの流行りのバロメーターの一つとして、「同人を中心とするn次創作界での盛り上がり」があることは、昨今当たり前のことではある。そして、コミックマーケット85(冬コミ)の艦これジャンルの参加サークル数の“爆”伸を見る限り、間違いなく大流行の最中にある*1
 本家KADOKAWAとしても、ゲームの頻繁なアップデートはさることながら、WEB漫画の連載、解説本やアンソロージコミックスの発売、グッズの展開など乱れ打つようにn次創作物を生み続けている。
 そんな中発表されたのが初の公式ノベライズ作品、『艦隊これくしょん-艦これ- 陽炎、抜錨します!』である。

こだわりの主人公、こだわりのディテール

 提督*2のみなさんはご承知のことと思うが、この小説の主人公である陽炎型駆逐艦の一番艦・陽炎は、ネームシップでありながら地味な存在である。一次情報としてあるのは、元気で活発な女の子といったところだろうか。
 「エピソードがないのがエピソード」(あとがきより)というキャラクタを取り上げたことに、提督たちの驚きは大きかった。と同時に私は、作者(または一次創作サイド)の強いこだわりを感じたのも確かだ。あえて陽が当たらなかった陽炎で挑んだ本作を、こちらも挑むように読んだ。

 まず、感心させられたのはディテールの細かさである。艦これでは、彼女たちはどうやって艦娘となったのか、どうしてこのような服装をしているのか、どのように航行するのか等々、公式には明らかにされていない(または設定していない)部分が多い。
 作者は、あくまで丁寧に必要であろうその部分を補っていく。n次創作ではキャラクタの個性の後付けなどは積極的に行われるが*3、意外と外面を解説されることは少なかったので、この点でまず好感を持ったのである。

 物語は、陽炎が、横須賀鎮守府第14艦隊(陽炎、潮、霰、皐月、長月、曙の駆逐艦6隻で構成)の嚮導艦*4として奮戦する日々が描かれる。名を挙げた他の5隻いずれも負けず劣らずの地味キャラであるが、情報が少ない(n次情報が付加されていない)ゆえの自由さをもって彼女たちの成長譚が展開する。今まで興味のなかった艦娘に興味を持った読者も多いと思う。

 また、海洋冒険譚としても読み応えがある。
 先に挙げた丁寧なディテールの描き方のおかげで、様々な演習や深海棲艦との砲雷撃戦シーンが、もしかしたら絵よりも雄弁なのではないかというくらいありありと描き出されている。それは船ではなく人でもない「艦娘」が確かに動いていた。

n次創作群は抜錨したばかり

 n次創作は自由だ。大胆な設定、突飛な設定、いくらでも想像し、n次情報として付加することができる。しかし、ある程度の長さを持った物語を描くときにそれだけでは足りない。丁寧な描写が物語を骨太なものにしてくれる。本作は明らかにそれに応えてくれた。
 ここ10年くらい、映画・漫画・ゲーム原作のノベライズに触れたことはなかったが、久々に読んだ作品で楽しめたことが嬉しくて、つい文章が長くなった。

 公式ノベライズ作品である本作も続巻が出る予定であるし、今後、別のノベライズの展開もあるかもしれない*5。また、長篇漫画も予定されているようだ。本作が試金石となり、公式・非公式問わず、良質なn次創作活動が展開されることを願っている。
 瞬間風速では終わらない強い風が吹かせ続けられるかは、本家本元はもちろん、その何倍もの情報量を誇るn次創作群にかかっているのだから。


*ゲームを始めるならこの2冊

築地俊彦さん(ミリタリマニア)のオリジナル作品
戦嬢の交響曲1 (ファミ通文庫)

戦嬢の交響曲1 (ファミ通文庫)

*1:1,136サークル(http://kantama.net/archives/839897.html)。なお、コミックマーケット84(夏コミ)申込次点では艦これは存在していないため、計測は困難。

*2:艦これユーザは「提督」として艦隊の指揮を執る。

*3:初音ミクにとってのネギのようなもの。例えば、ごくスタンダードな台詞しか用意されなかった正規空母赤城は、艦載機の材料としてボーキサイトを大量に消費するため、大食らいキャラとしてn次創作では確立された。

*4:駆逐艦隊を指揮する旗艦。小型巡洋艦あるいは大型駆逐艦がその任に当たり、駆逐艦の場合は嚮導駆逐艦と呼ばれる(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9A%AE%E5%B0%8E%E8%89%A6)。

*5:KADOKAWAにはファミ通文庫以外にも両手で余るほどのライトノベルレーベルがあるし……。