いわき総合高校総合学科『ブルーシート』


*校庭に積み上げられた椅子。血管むき出しの人間のようなもの。

いわきうぃる。

 ひょんなことから5人でいわきに行くこととなった。
 最近は調子いい案配で、久々のロングドライブもよかろうとクルマを駆った。東京からいわきはちょうど200km、3時間弱。運転手一交替で程よい距離だ。
 初めて会う同乗者は、いわき総合高校のOB・OGだという。彼女に実家はいわきなの?と訊ねると、「いえ、いわきから北に電車で1時間ほどの」というある町の名前をあげた。そこには私の学友も住んでいた。いまは住んでいない。彼女の場合も、いわゆる実家は西日本の方に移り、「福島に残っているのは父だけなんです」とどこか言い慣れたような感じで話してくれた。

 いわき市は広く、平成の大合併の前には全国一の面積を誇った。*1福島県立いわき総合高等学校は内郷地区にあり、海からは10km以上、福島第一原発からは50kmほど離れている。
 いわき総合高校はその名の通り総合学科高校であり、必修科目に加え、選択科目による選択制の授業を行っている。
 今回観劇するのは、芸術・表現系列の演劇関連科目を選択した2年生によるアトリエ公演である。3年生になると卒業公演として、いわきと東京で公演を行う。この2つの公演は、プロの演出家の指導を受けることとなる。いわば演劇先進校である。
 この高校の存在は、アトリエヘリコプターで定期的に公演を行っていることで知っていたが、特に興味を持つこともなく、観る機会を得なかった。今回、あえていわきまでクルマを駆ったのは、アトリエ公演が今年で最後であるということ、そして、演出家が飴屋法水であることだった。

いわきなう。

演出ノート
演出家/飴屋法水

離人症というのは奇妙な言葉だ
人から離れた時間
その人は
いったいどこで 何に なっているのだろう?

しかしこの離人症ということばが
僕には希望のように感じられるのは
なぜなのだろう?

それはおそらく
希望というのが

現在という時間から
いくばくか離れた
未来という時間を

現在の中に
併せ持つことなのだと
感じるからだろう

10人の高校生たちと
3人の先生たちと
少し離れたところを
往復してみる

この時間と 異なる時間を
この場所と 異なる場所を
この考えと 異なる考えを

僕らが
人をやめてしまわぬかぎり
僕らには
たぶん往復するしか

手がない

(当日パンフレットより)

 公演は寒風吹きすさぶ校庭で行われた。
 2011年4月11日の余震で、写真右手奥にある校舎*2が使用不能となり、生徒の教室は、2011年8月より写真左手のプレハブの仮設校舎に移った。それまでは、近隣の小学校等を間借りしていたという。そして、写真奥に見える崖も崩れ、しばらくの間、ブルーシートに覆われていたという。
 そんな校長先生の前説からシームレスに幕が開いた。

 具体的なストーリーはない。ブルーシートの青は空と海の色だとか、人間ではないモノを公園で見ただとか、教室での告白劇だとか、○○な人手挙げて〜だとか、ストリートダンスの練習だとか、そういった一見繋がりのない場面が、コラージュのように散りばめられていく。詩的な台詞と説明的な台詞と遊んでいる台詞。エチュードから構築されたのだろうか、生徒たちは肩の力が抜け、どこまでもナチュラルに見える。靴脱げちゃった…なんて公演中言っちゃうくらい。
 どこにでもありそうな高校生の日常のコラージュに黒いポツンとしたものが見える。ブルーシートは震災直後あちこちにあっただとか、震災後眠くなっちゃうんだよねだとか、父親がどの会社で働いているだとか、福島から出る・出ないだとか。一番最後の問題は、もしかしたら、地方であればどこでも一緒なのかもしれないけれど、その人数比率は違ったのだろうか、とか想像してしまう。
 なるほど、飴屋法水は生徒に寄り添い、2013年1月の彼ら・彼女らのありのままを見せてくれた。本当に真っ直ぐに。「僕たちは見たものを覚えることができる 僕たちは見たものを忘れることができる」。繰り返されるこの台詞に、私は徐々に〝ここ〟を覚えていようという想いが込み上げてくる。それが、彼ら・彼女らに対する誠実さだと思ったから。

 終演後。足下からすっかり冷え切った身体の中で、冷えなかった部分が確かにあった。

いわきあごう。

 この文章を書きながら、傾きかけた西日を浴びながら、10人が校庭の向こうに去っていくのを思い出す。そして、演出家・飴屋法水との出会いの場として唯一無二の場所であったことを噛みしめる。
 この幸福を与えてもらった分、残り1年ばかりとなった彼ら・彼女らの高校生活に幸多からんことを、と思う。

 なお、いわき芸術文化交流館アリオスでは、この週末、I-Play Fes〜演劇からの復興〜いわき演劇まつりが開かれる。日帰り旅行にはうってつけの距離にあるいわきに観劇旅行というのもよいものと思う。


*客席はブルーシートの上にあった。


キミは珍獣と暮らせるか? (文春文庫PLUS)

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*飴屋さんって本出してたんだ…後ほどチェックします。
幕が上がる

幕が上がる

わが星

わが星

*I-Play Fes参加のお三方の著書。いわゆる現代口語演劇系の方々です。

*1:1966年〜2003年。現在は全国12位の1,231.35平方km。http://rnk.uub.jp/rnk.cgi?T=c&S=j

*2:生徒教室・調理実習室・介護実習室があった。http://www.iwakisogo-h.fks.ed.jp/sc_inf_t01_principal.html